20260109

20260109

「星野源と松重豊のおともだち」が良すぎる。鎌倉の海で松重豊が紹介していた「Café Pacific」をずっと聞いてる。

いよわさんの新曲も出ていた。

今回もタイアップかつフルアニメ付きで忙しそう。前アルバムもタイアップが多すぎたせいでコンセプトがまとまらず2枚組になるという、サカナクションや米津玄師のような事態が起きていた。

いちリスナーとしては作家のクリエイティブをじっくり煮詰めた作品が聞きたいところ。そこで言うと小説の執筆に手を出したr-906氏は、過稼働ながらも自由というベクトルの違いがあるのが面白い。

20260110

アーティゾン美術館へ。

会場に入ると山城知佳子の映像が四つのスクリーンで展示されている。初見は隣のスクリーンの爆音が容赦なく飛んでくるのに苛立ちながら鑑賞していたが、すべてのスクリーンで同じタイミングで水中の映像が投影された瞬間に、これらの映像は同期しており音漏れも意図した演出であることに気づいた。

そのまま熱中していると山城知佳子作品を見切れないまま閉館のアナウンスが。志賀理江子はまた今度。

20260112

アーティゾンふたたび。今度こそ志賀理江子をゆっくり眺める。会場は海鳴りのような低音で包まれているが、蛙の鳴き声だったらしい。

会場構成としては、過去に横浜トリエンナーレやMOTで実施していた、壁に巨大な写真を張り付けてインスタレーションにするスタイルを継承していた。モチーフは新作で、作家が東北で見かけた「なぬもかぬも」というスローガンが貼り付けられたトラックについて追ったレポートになっている。

見逃しやすいが、廊下に並べられたDIY図書コーナーが素晴らしく、長々と滞在してしまった(本を読むのにちょうどいい椅子もある)。隣のビルが建ってからこの廊下は”眺めの良い部屋”では無くなったのだが、今だけ落ち着く空間に生まれ変わっていた。

その後はMOTに移動して、梅田哲也構成・演出『プレイタイム』上映会+アフタートークに参加。

コロナ禍にBunkamuraで撮影&配信された演劇の録画上映で、リハ~本番~会場のバラしまでを長回しのカメラで追いかけていくという、梅田哲也のフェティッシュが炸裂した一作。

主演の森山未來はダンサーとしての活動が長いだけあって身体が動く、動く。組み上げ中の舞台でくねくねと障害物を避けながらセリフ読みする姿が超セクシー。逆に黒木華はリハーサルでは淡々とした印象だったのが、舞台に上がった瞬間からの存在感に圧倒された。

本公演は梅田の過去作「インターンシップ」の発展させたもので、Bunkamuraからコロナ禍でも上映可能な作品の制作を求められ、「インターンシップ」に劇中劇を加えるという発想で生み出されたらしい。

20260113

Claudeくんを酷使しすぎて言う事を聞かなくなってしまった。

私はPro会員だぞ、ぐぬぬ。

自分が過稼働なのか、Claudeがケチなのか。

20260114

Fender Studio Proへの改名ニュースを聞いて「ウッ」となってる。

今でこそAbleton派だが、DTMを始めたのは無償版Studio Oneだったので、自分の育った小学校が取り壊されたような気分に。

20260116

星野源が「AviUtl」と発音しているのを見て興奮。

自分も気づけば10年クラスのAviUtlユーザーだが、最近「2」に移行チャレンジ中。

20260105

20260105

「サイレントヒルf」、新ED2種を見たところで心が折れる。既読スキップ機能が足りなすぎる。

1週目の時点で気になっていたが、フェミニズムを扱っている割に、女性同士の関係を険悪な形でしか描かない(描けない)のがステレオタイプすぎると感じてしまう。修にしろ婚約者にしろ、有害な男性性を正面から描けないのにも限界を感じる。今井哲也の漫画を読んでいるときの違和感に近いだろうか。

その一方で、”サイレントヒルらしさ”への本気度は、周回を重ねるごとに強く伝わってくる。ゲームプレイや謎解きを通してシナリオを仄めかすポエジーな距離感や、陰惨な本編と真逆な泣かせるエンディングテーマ etc. 。岡本基さんはフェミニストではないかもしれないが、ゲームクリエイター&プロデューサーとしては相当優秀なんだろう。

20260106

「サイレントヒルf」おわった~。真ENDは全く面白くなかった!

1周目に見た家父長制ワールドは雛子の思い込みが入っており、実は皆いい人だし、親の決めたお見合いだって必ずしも悪いとは言い切れないですよね、というスタンスで作り手はこの話を描いていたことが判明し、それに唖然としていたらエンディングを迎えてしまっていた。

竜騎士07のネタバレ配信も見てみたところ、当初は二人の花婿候補のどちらを選ぶかでENDが分岐する「ドラクエV」のようなプロットだったらしく、フェミニズムを扱った作品という自分の読みが勘違いで、乙女ゲームの構造をサイレントヒルに持ち込んだような企画だったらしい。マジかよ…。

真相が明らかになった際に「泣きゲー」風の感動演出が入るのは確かに「サイレントヒル2」でもあったクリシェで、それを「f」の世界観でやったらこうなるんだ、という理屈は分かるが、娘に包丁を投げる親父を擁護するような話を書けてしまうのは本当によく分からない…。

クドクド言ってしまったが、このゲームは没入して遊ぶ1週目の印象はすこぶる良くて、2週目以降に問題点が露呈するせいで、印象が悪くなって終わってしまうのが惜しい。冷静によかった部分を切り分けて美点を覚えておきたいところ。

20260101

20260101

朝一で初詣&散歩に出かけて、後は家でゆっくり過ごしていた。

大久保さんの新作の動画が公開。以前からUnityを使ったサウンドアート作品に挑戦されているが、テーマの明確さもあり過去一完成度が高いと感じた。ゲームエンジンの空間音響処理がサウンドアートにうまく転用されているのも新鮮。

昨年から酔いと闘いながら進めていた「サイレントヒル2」をようやくクリア。EDまで見ても明確なストーリーが語られず、ゲームプレイで仄めかす範囲に納めるポエジーさに感激。

アブストラクト・ダディの造形はルイーズ・ブルジョワから来てるのかと思ったが、検索してもそういう話はヒットせず。モチーフが同じなだけかな(おぞましい)。

重い荷物を一つ降ろしたので、ようやく「f」を購入。裏切り者・・・。

20260102

家に籠りすぎてどんよりしてきたのでMOTへ。

「湿地」は梅田哲也による建築が地味に凄い。会場の壁が定期的に移動している。

壁が閉じると、会場スタッフが鎖をかけて来場者が入れない空間を作る。

会場で渡されるポータブルラジオでは、かつて頻繁に行われていた韓国への密航が、国の緊張感次第で厳しく取り締まられるようになったという話が流れていて、それに対応していると思われる。

一定時間滞在していないと開閉に立ち会えないため、気付けずスルーしている人も多いように見えた。

コレクション展は森村さんやミヤギフトシなど、長尺の映像作品を紹介する東写美っぽい内容だった。映像好きの私には嬉しい展示。

帰りに雹が降ってきて泣く。

20260103

年始のマジックが溶けてきて通常モードに。元旦特有のダラダラしても許されるあの気分は何なんだろうか。許されてるって誰に?

「サイレントヒル f」は一周目を終えた。11時間くらい。現時点では現代水準のサイレントヒルとして大満足。ショートメッセージの完成度を保ったまま、うまく長作も完成されたような印象。ただ、周回プレイのケアがどれくらいできているかで最終的な評価が変わりそう。

20260104

初ビルボード、長谷川白紙。飯が高い。うまい。怖い。

魔法学校以降のライブはカラオケスタイルが定着しており若干の物足りなさを感じていたが、今回はピアノ、ギター、パーカッションという私にとって大本命のバンドセット。

食事しながらのライブということで、ジャズ、ボサノバ調のアレンジ。そこに長谷川白紙らしい異物な音を混ぜて脱構築していくという、ビルボード用の奇襲作戦を大喜びしながら見ていた。

セットリストにはボサノバ風「サンフェーデッド」があった。あれは、学マスの最初の提供曲がブラジル風だったからこそ、2曲目でオルタナロックを選択した意外さに皆やられた訳だが、ここに来てもう1回ブラジルに戻すってなんなんだ!ありがとう長谷川白紙。あと謎の「Cats on Mars」カバーがありました。

おしゃれ空間に少し耐性がついたので、今年はブルーノートにも行けるようになりたい。お1人様席ってあるんだろうか。

20251221

20251221

ナイスミュージック。これを見ているとまたインド古典のライブに行きたくなる。

20251222

鈴木棒さんの以下記事を読んだ。

自分はVSingerの人らの発音法を声優のテクニックから影響を受けた「演技系」というくくりで認識していたが、ボカロらしさを逆輸入しているという視点は完全に抜け落ちていた。確かに歌譜のビブラートのギザギザ感は初期のボカロによく似ている。

20251225

フロクロさん久しぶり(なのか?)の新曲。サンフェーデッドに引き続き映像のデジアナFXが光る。

この歌詞を読んでいると、的外れかもしれないがフロクロさんがユリイカ佐藤雅彦号に寄稿していた「血を抜くような広告」の話を連想してしまう。

そのまま与太話を続けると、ビデオゲーム・音楽ともに、インターネット上でうまく拡散されるための機能が作品内部の深いところまで織り込まれているコンテンツを昨今よく見かける。自分のような引きこもり精神の持ち主としては趣味の時間ですら社会から逃げられないのかと辛い気持ちになる。その点で、フロクロさんの音楽&映像はそういった環境を乗りこなすためのお手本として見ているところはあるかもしれない。

20251228

今年のゲームまとめを公開。

このブログにこまめに感想を書いていたおかげか、過去一のスピードで執筆できた。

ノイズなので記事には書かなかったが、ゲームやれてなさすぎる…。本数だけ見ると悪くないのだが、恐らくこの消化不良感はitch.ioなどにある個人作家のゲームを自分から掘りに行けなかったことから来てそう。来年は頑張ります。

20251229

今年最後のライブ。WWWで蓮沼さんを見る。

ゲストのwe//eを交えたアンビエント演奏がただただ素晴らしかった。分厚いシンセ音のシャワーに思わず瞼を閉じて聞き入ってしまったが、ふと目を開けたら立派な大人たちがシンセのノブに夢中になっている光景が広がっていたのもまた良かった。

20251231

大掃除を本気でやりすぎて体調を崩す。そんな馬鹿な…。

しかも予定していた工程の7割しか消化できていない。食欲もなく、せっかく買っておいたおせちにも手を付けられなかった。

来年の目標は「手の抜き方を覚える」で…。

20251214

20251214

(未来の自分へのメモ:この時期は体調が悪くてリフレッシュを試みてた)

京葉線に運ばれて千葉県立美術館へ。これは小雨の日の千葉ポートタワー。

先日に引き続きジャズを見るのが目的。現在、千葉県立美術館では初の写真展が開催されているが、その関連企画としてジャズコンサートが実施されることになったらしい。

少し勉強して、ジャズのアドリブとは原曲のコード進行に対していかに異なるメロディetc.を当てられるかの遊びだという事が分かったが、今回はフリージャズと呼ばれる完全即興である。勉強の甲斐がない!

しかしいざ聞いてみると、先日のモントルーと比べてすんなりと面白さが理解できた。自分の知らないところで前提にされているルールが無いので、ただ目の前の対話を見るだけで良い。勿論演者らはジャズの文法に親しんだフレーズを使うのでその意味での距離感はあるが、私が普段親しんでいる別ジャンルのミュージシャンが行う即興と違いは無いと分かった。

ちなみに会場の100席x2回分は全て埋まっており、美術館のフリーイベントとしては大成功の様子だった。次もあるかも。

肝心の写真展は清水裕貴の作品が好みだった。ティルマンス的な壁の使い方や、1枚の紙に2つの写真を印刷してリズムをつくったりと、基礎的なテクニックの時点で共感してしまう。

上の作品は光のコントラストがバキッと出た魅力が分かり易い写真だが、奥の方には現像方法を弄ってイメージを破壊することで物質としての側面が強調された写真も展示されていた。

20251219

尊敬するミュージシャンA氏のメルマガを読んでくらってしまう。

普通の人間なので、閲覧注意と書かれている記事も結局見てしまうのだった。

20251220

三上晴子の回顧展へ。マジ最高。

と同時にメディアアートの難しさをあらゆる面から再確認する機会でもあった。

まず私は週末になれば美術館やギャラリーに通い詰めるタイプのアートファンであるのに、この展示が開催されるまで三上晴子のことを知らなかった。勉強不足と言えばそれまでだけれど、氏の作品の大半が普及作業を経ないと動作しないコンピュータ/ソフトウェア依存のつくり故に、あまり紹介されて来なかったのが大きな原因と思う。

この回顧展では単に作品を展示するのではなく、ICCや過去のYCAMで行われた三上作品の復旧作業がどのように行われたが大きく扱われている。作家が故人というのも判断の難しさを加速していて、文章を読んでいると、渋い顔にさせられる箇所がぽつぽつとある。

無響室で体験した作品は、オリジナル版は観客の心音をスピーカーで聞かせる仕様だったが、作品の再現が上手くいかず、予め録音された作家の心音が流れる仕様に替えられたらしい。ぶっちゃけこの作品だけコンセプト不明のぼやけた印象にはなっていた。

去年は博多のキャナルシティでナムジュンパイクのビデオインスタレーションを見てきたが、もはやインスタレーションの強度以上に作品の儚さが前景化しているという不思議な体験だった。今回の三上さんの作品は殆どが鮮明かつエネルギッシュでノスタルジーさはなかったが、いつか時代の切れ目で再び置き去りにされる可能性はあるよな、と後ろ向きの気分になったりした。

そんな暗い気持ちも「欲望のコード」を見ると吹き飛んだ。あまりのキモさに目が覚めたし、「キモっ」と声に出た。

20251202

「Öoo」クリア。短いゲームはよい。

前回厳しめに書いてしまったが、爆弾が2個になったあたりから独特の身体性が癖になり楽しめるようになった。

とは言え生高橋さんが一番やりたかったであろう知識によって行動範囲が増えていく感動は、既にラムラーナ2作などで味わい尽くし食傷気味のため真っ直ぐ自分には刺さらなかった。(本当はやりたい事一点のみを極めた、実験的なスタイルの作品が私は大好物なのだけど、題材がたまたま悪かった)

この経験値を活かした次作がどうなるかが気になる。

20251204

サムスのリターンマッチ。(ドレッドが出たばかりなんですが)

マウス操作にも対応しているが、そんなのは放っておいてジャイロでプレイすべし。PSVRの時も思ったが、FPSに最も没入できるデバイスはガンコンなのだと再認識した。

序盤からC-3PO風のコメディリリーフがサムスの後を付いてくるなど、寂しさを埋める工夫があって新鮮味もちゃんとあります。

20251207

たっぷり寝て体調を整えてからマルチネ20周年イベント&モントルージャズフェスティバルへ。

マルチネ20は前日の深夜から24時間ぶっ通し開催という異常スケジュールらしいが、大人しく昼から出向いた。O-EASTに着くといきなり長椅子で寝てる人を目撃して一瞬でオールナイトのクラブの雰囲気に。

abelestの演劇から見たかったが定員オーバーで入れず音だけ聞いた(サブステージはずっとそんな感じ)。潜り込めたのは諭吉佳作/menへの転換タイムから。歌のピッチが安定しているので音源かと思ったら生声で驚いた。

今回はVJ陣がとにかく豪華で、ミュージシャンごとに異なる人がアサインされており映像がオートクチュールで用意されているものが多かった。O-EASTの大画面はもちろん、サブステージもモニタ2点を横連結していて主張強めの設定。

特にKabanaguは美術界の倉知朋之介(以前映像作品の音声ミックスを手伝っていたはず)制作の短編映画を上映してしまうほどの力の入れようだった。私は倉知ファンなので2Fの画面全体が見渡せる位置を確保して食い入るように見てしまった。あれはKabanaguの住んでいた川崎の風景でいいんだよね?(デビルマンクライベイビーに出てきたメタボリズム集合住宅が登場していた)

メインステージはYuigotとKabanaguが並ぶセトリになっていたが、二人は生活感やノスタルジーを感じさせる邦ロック・Jポップへの愛着を隠さないまま、グリッチなアレンジで新鮮に聞かせる挑戦をしていて感慨深く見ていた。(私も二人が好きなPeople In The boxやamazarashiを十代に聞いて育ったので)

最後にゆnovationの鍵ハモを見届けてから横浜へ移動。着いたのはP5バンドのリハーサルのタイミング(生オケヒを人生で初めて聞いた)。

P5からハービー・ハンコックまで素晴らしいパフォーマンスだったが、ハービー・ハンコックのボコーダーが機材トラブルで動かなくなり終演時間が後ろにずれ込むという事件があった。帰りの都合で恐らく最後まで見れなかった人もいただろう…。

今回見つかった課題として、私がジャズのアドリブのルールを分かっていないせいで楽しみ方に戸惑う場面がしばしばあった。TOKYO JAZZに通ってジャズの理解度を上げようとした時期もあったが、コロナで中断されてリセット済み。適当な本でも読んでみるか。

20251212

神谷町の舞台裏へ。冨安由真の「This Is Not A Dream」を見に来た。

着いた瞬間から嫌な空気が漂っている。。

会場のカーテンから柔らかい光が差しているが、そこも通行可能な会場の一部。他の来場者が立つことで、怪しい訪問者からの視線を感じさせる仕組みになっている。

通路に展示された詩も、そういった展示空間の構成に言及している。(「お眠りなさい 私の子」に括弧が付いたり付かなかったりと芸が細かい)

レストラン兼ギャラリーという会場の特殊さも相まって、冨安由真の得意技である夢中夢的なギミックが上手くハマった良い展示だった。

20251130

20251130

ボーカロイドの現在地を読んだ流れで韓国出身のTAKの曲を聞いてる。

これバイレファンキ…?

「めざせモスクワ」や「コロブチカ」とかのロシア民謡ぽさも入ってる気がする。そのパートではビデオゲーム風の映像が入ってるのを見るに、柊マグネタイトの「テトリス」以降っぽい想像力が働いている気もする。

でもやっぱりTAKは日本語の使い方が絶妙に変なところが一番の魅力と思う。

(それを面白がっていいのかという問題はありますが。でもメロディに言葉を当てはめる文化自体が変じゃん?)

「Chasing Light」のBae Sang Hyunの新作が発表された。流石に一筋縄では行かない外見をしている。というかゲームメカニクスがさっぱり分からない。

Hyun氏は韓国でIndependent Game Developers Guild Festivalというゲームイベントを開催しているが、これもアートスペースをレンタルして作家主義的な尖ったゲームをキュレーションするコンセプチュアルなイベントだった。

https://jp.ign.com/games/66106/feature/igdgf

発売予定は2年後とのこと。

「Öoo」をプレイ。しかし序盤だけ触った感触では首を傾げてしまう。

言葉を使わずにプレイヤーにルールを理解させる手際は超一流な一方で、そもそもこのパズルアクションを通してどういった体験をプレイヤーに与えようとしているかが分からない。「PORTAL」ならどこでもドア的な異次元のオーパーツを扱う奇妙な感触を、「I.Q」なら巨大な立方体に踏みつぶされるという理不尽な世界(トーン)を描く。でも「Öoo」はパズルアクションのクリシェを見せることそのものが目的のデザインに見えてしまう。

最後まで遊べばちゃんと回答があるのかもしれないが、モチベーションが既にだいぶそがれていてそこまでたどり着ける自信がない…。

20251125

20251125

楽しみにしていたhikariのMVだが、開始2分で飽きてしまっている自分のシビアさに驚く。先日、川田十夢さんのMVをかなり褒めていたけれど、それでも同じ現象は起きていた。

大した話ではなく、世の中に出回っている映像がいかに意図で満たされていたかを突き付けられているだけではある。ただゲームをオープンワールド化しただけでは虚無で、プレイヤーが歩きたくなるデザインが組めているかが大事みたいな話。

ここでmalloonさんの映像を見てみよう。はい面白い。

Live12.3がついにリリース。

ステム分離はなかなか高速で動く。ギターやピアノが独立枠でなくその他にまとめられるのはAbleton感ある。ここが解決されるまでは既存サービスに頼る機会はまだ多そう。

Splice統合機能はコード進行も含めてぴったりのサンプルが選ばれるようになった気がしたが合っているかな。StudioOneと同等だと嬉しい。

20251127

仕事が変化したことで在宅勤務できるようになったのはいいが、運動不足で身体が硬くなっている自覚がある。健康のために中山きんに君の世界で一番楽な筋トレを毎日一回やることにした。

「楽」はもちろんフェイクでめっちゃ汗をかきます。

「名古屋作曲の会」のブログを漁っていたら榊原さんの学園祭ライブの動画を見つけた。学祭でHASAMI groupは最高すぎる。

20251129

諸々がスケジュール通りに進んでおらず焦る。その癖、蓮沼執太の年末ライブのチケットは抑える。大丈夫だろうか。

会期の終わりが近いので写真美術館へ。楽しみにしていた新進作家展から見ていく。

これはスクリプカリウ落合安奈の5面プロジェクション。

5つのスライドをどうやって同期しているのか観察してみたが、5機ともセットできる写真の数が同じなので、「せーの」で動すことで揃えている模様。つまりこの作品1周分の長さは機械の都合で決まっていて、作家はページ送りのタイミングによるリズムだけを決定しているらしい。

そしてそのリズムは結構早い!5面もあるので鑑賞者は首を振る必要があり、見逃す。そこから生まれる儚さや残響感を狙っているように見えた。

甫木元空もリズム繋がりで気になる作品だった。余命宣告された母との生活を収めた写真が、二つ連結されて展示されている。

よく写真集は左右のページに何を配置するか、ページをめくった時にモチーフをどれくらい変化させるかでリズムをつくるものだと言われるが、そういった面白さをキャンバスに持ち込んだ作品と言えそう。

B1Fのペドロ・コスタは、正直に言って楽しみ方が分からないまま終わってしまった。時間帯も悪く1Fでの映画の上映も行けず。どういう作家だったのか別途調べてみようと思う。

「ボーカロイド文化の現在地:海外特集号」を読みながらクリップ

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20251122

20251122

久しぶりに下北沢へ。スズナリで万有引力のレミングを見る。

2017年版も見たはずだがすっかり記憶はなく新作のつもりで挑んだが、今の世相とシンクロする内容に戦慄させられた。

「家の壁が無くなる」という有名な導入が終わると、ステージ上では別々の演劇が始まる。それらの設定はどれも「シャッターアイランド」のようなもので、「担当医のことを兄だと思い込んでいる患者がいて周りが合わせている」だとか、「自身をスター女優と思い込んでいる患者と映画監督の振りをして奇病のドキュメンタリーを撮りたい監督」など、夢と現実の区別がつかないものばかり。更に壁が消失したことで、それらの演劇が舞台上で合流してしまうというメタ演劇になっている。

面白いのはここからで、患者の筈の人物は「本当は医師と名乗っていた男こそが患者であり、自分はその設定に合わせて演じてあげているだけ」と語り出し、舞台設定の主導権を奪い返そうとする。この戦いは複数の演劇同士でも行われ、その結果主人公は他の演劇の中で銃殺されて死体役を演じることになる。

このあらすじは2017年版の時から恐らく変わってない筈だが、トランプの暴走から始まったポストトゥルース時代の今を風刺しているようで、かなり緊張感の高い演劇に仕上がっていた。何度も世相と重なり合うのは、寺山修司作品の寓意性の高さゆえだろうか。ここ数年の万有引力で一番楽しめたかもしれない。

観劇後は隣の古書ビビビへ。うろうろしていると古本に交じってZINEが売られていることに気づく。ありがたいことに序盤部分だけ試し読みができるサンプルまで用意されている。気になるものをいくつか購入した。

  • クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書
  • UNISSON 「複数の人が同旋律や同音程で音を奏でる」の意
  • ポスト・ムラカミの日本文学

20251123

今日はAbleton and Max Community Japanのfendoapさん回の日。リモート参加のためライブ配信を家で待っていたが、なぜか時間になっても映像が出ない。ブラウザのリロードを繰り返していると、配信トラブルのため後日に録画公開する旨のメッセージが出た。まじか。

普通なら落胆するところだが、実は今日は文学フリマの日。AMCJを優先するために諦めたのだが、急ぎで行けば間に合うとビッグサイトへ。自宅から結構距離はあるのだが、昨日購入したZINEを読む時間に充てた。

文学フリマは初めて参加したが、4つのホールを使っておりかなりの規模。

到着が遅かったのもあり、目当ての品は売り切れているものも少なくなかった。それでも目を凝らして歩いていると興味のある本は見つかるもので、予定に無かった本もいくつか購入。現地に来た甲斐があった。

買ったものはこんな感じ。

  • ボーカロイド文化の現在地:海外特集号
  • コマ送り①〈アニメ業界とフェミニズムvol.1〉
  • 33歳人生行き止まり日記 Remixes
  • 青色の絵の具を使いきるまで
  • 文体の舵のとり方
  • きちんと学びたい人のための小説の書き方講座 キャラクター編

海猫沢めろん&江藤健太郎の「ひとり出版流通攻略ガイド」も欲しかったのだが、残念ながら売り切れ。

帰宅してからネットを見ると買い逃しが発覚して凹む。梅本佑利の対談が載っていたらしい「紙の音MAD Vol.1」、山田集佳さんの映画本などなど。どれも読みたかった。

この手のイベントはコミケやM3で慣れているつもりだったが、売り子さん(殆どの場合作者とイコール)から本を受け取るときに「どこでお知りになりましたか?」と聞かれるのが新鮮だった。言われてみれば導線を知るのは重要。なぜ他の界隈だとあまり聞かれないんだろう?

はじめに「青色の絵の具を使いきるまで」を読んだ。これは著者が青山塾というイラストの私塾に3年間通った体験について書かれたエッセイになっている。この本を手に取ったのは私が音楽系私塾の小さな講座を卒業したばかりで、この経験をどう活かすべきか、次にどこへ駒を進めるべきか考え中だったため、似たような人の話を聞いてみたい気持ちがあったからだ。

分野は違えど自分の体験と一致する部分が多く、ページをめくる度にドキリとする。絵を描いている人が同じ場所に集まっていることへの興奮、私塾ゆえにその人たちのバックボーンがまるで違うこと、作品を見せ合った人たちとの何とも言えない関係。最後のエピソードが「この後どうしよう」と思案するところで終わっているのも同じだ。私の悩みがこの本を読んで解決したわけではないが、近い境遇の人がいることを知って少し心が落ち着いた。

著者はイラストを専門とされているそうだが、綺麗な文体であっという間に完読できた。自分もこのサイトに載せている文章を書く際は、如何にして読者に完読させるかを意識して文章を組み立てているが、これがなかなか難しい。パラグラフライティングを使うとか、小見出しを入れるだとか、細かいテクニックは色々あるものの、小手先だけで進めると統一感のない多重人格者の文章になってしまう。自分にはこういった一貫性を持って人格を統合してみせるようなセンスがどうにも足りない気がしている。(その癖自作のビデオゲームでは複数ジャンルの統合がやたら主題として登場する。なぜだ。)

20251124

「プルリブス」を3話まで見た。面白すぎる。

「もし『SF/ボディスナッチャー』の侵略が1日で完了したら」な設定のSFドラマで、ボディスナッチャー達となぜかその抗体を持っていた主人公との不毛なコミュニケーションを描いたブラックコメディになっている。魔人探偵脳噛ネウロの系譜。

例に挙げた映画と異なり、このボディスナッチャーは全体主義のメタファーではなく、有能だが人間の気持ちを理解してくれないAI・アルゴリズム的な存在として扱われているように見えた。一応他にも抗体を持った人間は少なからず存在するが、使っている言葉も違えば価値観も相容れない人たちで、結局AIと世界で二人ぼっちというしんどい生活が続く、というところまで観た。

時代性にばっちり合った題材で非常に飲み込みやすい。でも、それが世界を牛耳るAppleから配信されているってかなりキツくない?とも思う。