20260208

20260208

アサヒさんが最近SuperColliderの動画を上げている。

以前はSuperColliderに強い興味があったのだが、ライブを経験してからその気持ちが一気に消えてしまった。恐らくただコードで音を鳴らすだけでは自己満足で終わってしまうことが想像できるからだろう。ピアノフェイズを再現するだけなら自分の場合ビジュアライザーを作った方が面白くて(モアレの可視化はやりがいがある)、コーディングだからこそ鳴らせる音楽を追求すべきと思う。


早起きして雪の中投票を済ませる。天候が悪かろうと人の数は変わってなかった。そのまま引き篭もりたいところだが、掛川でライヒのDrummingを見るためにJRへ。駅のホームに立っていると強風で雪が顔にかかり冷たい。佳境を乗り越えた自分へのご褒美としてチケットを買ったはずなのに試練と化している。。

自分がライヒを好きになったのは最近で、生で演奏を見るのはこれが初めて。長らく良さが分からなかったが、コーネリアスのPointや蓮沼執太フィルを長年聞いているうちに食べられるようになった。

アンプリファイ無しでコンサートホールの生の響きで聞くライヒは厳格な雰囲気があり、演奏者のみならず鑑賞者も余計な物音を立てられない緊張感があった。モアレに耳を澄ませるので緊張感が和らぐ瞬間がなかなか訪れない。演奏中に誰かが鼻をすする音もハッキリと分かる。とは言え心地良い音楽なので身体を揺らしながら聞いてしまったが。

生で聞いて感動するのはフェーズの節目でのベロシティの変化で、クラシックは強弱が命という話は知識では知っていたが、ようやく自分の身体で理解できた。Drummingはレイヤー数が多い楽曲だが、各パートが他の人に主役を譲るときにスッと音を弱めてスペースを空ける姿が印象的だった。

Drumming演奏後におまけがあり、観客の拍手から繋げる形でClapping Musicが始まった!まさに先日Clapping Musicシーケンサーを作りながら手拍子を練習していたばかりだったので、あまりのタイムリーさに感情がぐちゃぐちゃになってしまった。

https://ainamoor.itch.io/clapping-music-sequencer

毎日コツコツ積み重ねてきたものが伏線回収のように何かに結びつくことが稀にあるが、たった1週間で何かが起きるのは早すぎて笑ってしまう。格好つけずに難易度の低いずれない方のリズムを担当した。Drummingの緊張感が高かったのもあり、最後に観客と交流して暖かく公演を閉じるのは素晴らしい施策。ミュージッキングという概念を思い出したりした。

予約していた新幹線まで待ちがあったので掛川城周辺を少し散策してから帰った。人は天守閣があると登る。


選挙の日の夜はいつも暗い気持ちになるので、J-WAVEのUday特集を聞いて緩和。すると野口文が「選挙の結果が芳しくなくてですね…」とぶっちゃけていて笑った。生放送だったらしいが、ユザーンのタブラ演奏がしっかりステレオで鳴っていて関心する。

タブラは片方を叩くともう片方も共鳴する楽器なのだと最近聞いた。定番のプラグインが無いのは打ち込みでの再現が厳しいのが理由だろうか。

20260209

Wii Musicが届く。

プレイヤーにアドリブをさせる設計思想は素晴らしいが、リモコンを振っても判定に入らず音が鳴らないことが多いのが致命的に感じる…。BPMの速い曲で16分を打ち込むとズレたり音が抜けたりする。到着前に見ていた宮本さんのプレゼンテーションが魅力的すぎたのもあってちょい落胆。

20260210

「マッドマックス フュリオサ」を見た。ジョージ・ミラーは「アラビアンナイト」の落ち着いたトーンが好きだったのもあってフュリオサはスルーしていたが、実はその流れを汲んだ静かなマッドマックスだった。先日見た「28年後」と同じく、悪党にも悪党なりの知があり、それに案外抗えないという描画に今を感じる。

20260207

情報の記録方法について悩む。

去年は気になった音楽をnotionにメモしていたが、碌に見返すこともせず見事にデッドストックになった。むしろ音楽のブックマークとして活用できているのはこのブログの方で、今も前に紹介したPassepartout Duoの動画を再生しながらこの文章を書いている。

人間の脳みそはざらっとした情報が好きで、notionのような場所に美しくレイアウトした情報よりも、日々の雑多な興味を次々と陳列したこの混沌としたブログの内容の方が思い出しやすいらしい。学生の頃に語呂合わせで単語を覚えたりしたが、あの理屈である。

原口沙輔は日々大量のプレイリストを作成しており、そうすると未来に役に立つことがあると言っていた。これも真似してみたが、iPhone、Apple MusicのUIは貧弱で、既存のリストにただ曲を登録するだけの作業が異様に難しかったりする。そもそも皆音楽をどのアプリで聴いているのだろう。


Passepartout Duoの公式サイトにはアルバムの解説ページがあり、しっかりとした文章量でコンセプトを説明しているのが良い。真似したい。

https://passepartoutduo.com/radio-yugawara

自動翻訳機能が発達したいま、無理して複数言語で記述するのではなく、自分の扱いやすい言葉で簡潔に記載するのが一番かもなとも思った(私のitch.ioは日英両方で説明を書いてるせいで大変ごちゃついている)。


雪が降っているが、今週で終了となるMOMATのアンチアクション展へ。

作品も素晴らしいが、女性が美術史からどのように疎外されてきたかがまとまったレポートに思わず見入ってしまった。森美術館のルイーズ・ブルジョワ展で感じていたモヤモヤが少し吹き飛んだ。

もう一つ特筆すべきは会場の各所で得られるチラシ。すべて集めると立派なZINEが完成する。

ここに書かれているテキストは単なる作品のキャプションというよりも、キュレーションの意図を説明する骨太な内容。そこでは女性作家を評価する役割を担ったのは文芸界の人間だったという話があり、ZINEの形をしているのはそれと韻を踏んでいるらしい。昨年夏の戦争テーマの展示といい、MOMATはこういった迫力のある展示をしてくれるのが嬉しい。

TOPへ移動し、Tomoko SauvageのWaterbowlsを見る。会場はホールではなく1Fスタジオ(初めて入った)。

残念ながら椅子の配置の問題で演奏の様子は全く見えず。家に帰って見た動画でようやく演奏の仕組みを把握した。

音としては分かり易い水の”ぴちゃぴちゃ”とした感じではなく、アンプリファイしたりエフェクターで変調させて作ったような不思議なドローン音がする。むしろ通常の水音/環境音はラップトップでわざわざ足していたような気がした。

偏見かもしれないが水音は皆大好きな印象がある。コンピュータでも再現が難しいカオス理論の世界の音であり飽きない。waterbowlの音は実は機械が出すエレクトロな音に近いのだけれど、元ネタが水音であることや、複数のボウルを組み合わせることで、有機音のミニチュアのような世界を作り出していた。

ライブの常識を考えると、実はwaterbowlよりも演者の手元にミキサーを鎮座させて直弄りするスタイルの方が異常であり、ここに秘密があるような気がしたが、ミキサーには詳しくないので今後の宿題とする。

過去インタビュー:https://www.wwdjapan.com/articles/2038771

20260117

20260117

いろいろ忙しくて映画館に行けてなかったが、ヒューマントラストシネマ有楽町で「インライドエンパイア 4K」を見た。

隣のおじさんが予告編の時点でいびきをかいていて、「こりゃ大変な映画だぞ」と気合を入れ直した。

真面目な感想。ハンディカムで撮ったような安っぽい映像はキツいものがあったが、「マルホランド・ドライブ」や「ツインピークス リミテッドシーズン」のラストで登場した、夢と現実の区別がつかなくなる演出を全編に適用するという、リンチにしか撮れない映画になっていた。楽しくはないが面白い、が似合う作品。

知らずに見たのだが、作中に登場するうさぎの世界は本作のために制作された映像ではなくリンチのWEBサイトで公開されていた「Rabbits」という短編とのこと。象徴的に機能しているように見えていたが、リンチの巧みな編集によりそのように見えているだけで、後期ゴダール映画のようなつくり方なのか。。

20260120

「ロストハイウェイ」を見た! なんなんだこれは。

妻との関係に苛まれる主人公の陰鬱な表情が「サイレントヒル2」のジェイムズそっくりで、コナミの制作陣は「罪と罰」よりこちらを意識したのではないかと思った。調べてみたら実際に「ロストハイウェイ」の影響はあったようで、初期は主人公が突然別人に代わるアイデアをゲームに持ち込もうとして煮詰まっていたらしい。

実際にリンチ的なビデオゲームをつくるのに成功した人ってどれくらいいるだろうか。すぐ浮かぶのは須田剛一で、SWERYも素晴らしいクリエイターだけれどリンチに憧れているだけで資質は違うのではないかと思う。

20260203

まいにゅーぎあ。ポリリズムつくりましょう。

20260204

ふと「Wii Music」の仕組みが気になりディスクを注文。

待ちの間に色々な文献をあたっていたら、「社長が訊く」で存在しないはずの宮本茂が割り込んでくる迫力のある回を発見した。

20260109

20260109

「星野源と松重豊のおともだち」が良すぎる。鎌倉の海で松重豊が紹介していた「Café Pacific」をずっと聞いてる。

いよわさんの新曲も出ていた。

今回もタイアップかつフルアニメ付きで忙しそう。前アルバムもタイアップが多すぎたせいでコンセプトがまとまらず2枚組になるという、サカナクションや米津玄師のような事態が起きていた。

いちリスナーとしては作家のクリエイティブをじっくり煮詰めた作品が聞きたいところ。そこで言うと小説の執筆に手を出したr-906氏は、過稼働ながらも自由というベクトルの違いがあるのが面白い。

20260110

アーティゾン美術館へ。

会場に入ると山城知佳子の映像が四つのスクリーンで展示されている。初見は隣のスクリーンの爆音が容赦なく飛んでくるのに苛立ちながら鑑賞していたが、すべてのスクリーンで同じタイミングで水中の映像が投影された瞬間に、これらの映像は同期しており音漏れも意図した演出であることに気づいた。

そのまま熱中していると山城知佳子作品を見切れないまま閉館のアナウンスが。志賀理江子はまた今度。

20260112

アーティゾンふたたび。今度こそ志賀理江子をゆっくり眺める。会場は海鳴りのような低音で包まれているが、蛙の鳴き声だったらしい。

会場構成としては、過去に横浜トリエンナーレやMOTで実施していた、壁に巨大な写真を張り付けてインスタレーションにするスタイルを継承していた。モチーフは新作で、作家が東北で見かけた「なぬもかぬも」というスローガンが貼り付けられたトラックについて追ったレポートになっている。

見逃しやすいが、廊下に並べられたDIY図書コーナーが素晴らしく、長々と滞在してしまった(本を読むのにちょうどいい椅子もある)。隣のビルが建ってからこの廊下は”眺めの良い部屋”では無くなったのだが、今だけ落ち着く空間に生まれ変わっていた。

その後はMOTに移動して、梅田哲也構成・演出『プレイタイム』上映会+アフタートークに参加。

コロナ禍にBunkamuraで撮影&配信された演劇の録画上映で、リハ~本番~会場のバラしまでを長回しのカメラで追いかけていくという、梅田哲也のフェティッシュが炸裂した一作。

主演の森山未來はダンサーとしての活動が長いだけあって身体が動く、動く。組み上げ中の舞台でくねくねと障害物を避けながらセリフ読みする姿が超セクシー。逆に黒木華はリハーサルでは淡々とした印象だったのが、舞台に上がった瞬間からの存在感に圧倒された。

本公演は梅田の過去作「インターンシップ」の発展させたもので、Bunkamuraからコロナ禍でも上映可能な作品の制作を求められ、「インターンシップ」に劇中劇を加えるという発想で生み出されたらしい。

20260113

Claudeくんを酷使しすぎて言う事を聞かなくなってしまった。

私はPro会員だぞ、ぐぬぬ。

自分が過稼働なのか、Claudeがケチなのか。

20260114

Fender Studio Proへの改名ニュースを聞いて「ウッ」となってる。

今でこそAbleton派だが、DTMを始めたのは無償版Studio Oneだったので、自分の育った小学校が取り壊されたような気分に。

20260116

星野源が「AviUtl」と発音しているのを見て興奮。

自分も気づけば10年クラスのAviUtlユーザーだが、最近「2」に移行チャレンジ中。

20260105

20260105

「サイレントヒルf」、新ED2種を見たところで心が折れる。既読スキップ機能が足りなすぎる。

1週目の時点で気になっていたが、フェミニズムを扱っている割に、女性同士の関係を険悪な形でしか描かない(描けない)のがステレオタイプすぎると感じてしまう。修にしろ婚約者にしろ、有害な男性性を正面から描けないのにも限界を感じる。今井哲也の漫画を読んでいるときの違和感に近いだろうか。

その一方で、”サイレントヒルらしさ”への本気度は、周回を重ねるごとに強く伝わってくる。ゲームプレイや謎解きを通してシナリオを仄めかすポエジーな距離感や、陰惨な本編と真逆な泣かせるエンディングテーマ etc. 。岡本基さんはフェミニストではないかもしれないが、ゲームクリエイター&プロデューサーとしては相当優秀なんだろう。

20260106

「サイレントヒルf」おわった~。真ENDは全く面白くなかった!

1周目に見た家父長制ワールドは雛子の思い込みが入っており、実は皆いい人だし、親の決めたお見合いだって必ずしも悪いとは言い切れないですよね、というスタンスで作り手はこの話を描いていたことが判明し、それに唖然としていたらエンディングを迎えてしまっていた。

竜騎士07のネタバレ配信も見てみたところ、当初は二人の花婿候補のどちらを選ぶかでENDが分岐する「ドラクエV」のようなプロットだったらしく、フェミニズムを扱った作品という自分の読みが勘違いで、乙女ゲームの構造をサイレントヒルに持ち込んだような企画だったらしい。マジかよ…。

真相が明らかになった際に「泣きゲー」風の感動演出が入るのは確かに「サイレントヒル2」でもあったクリシェで、それを「f」の世界観でやったらこうなるんだ、という理屈は分かるが、娘に包丁を投げる親父を擁護するような話を書けてしまうのは本当によく分からない…。

クドクド言ってしまったが、このゲームは没入して遊ぶ1週目の印象はすこぶる良くて、2週目以降に問題点が露呈するせいで、印象が悪くなって終わってしまうのが惜しい。冷静によかった部分を切り分けて美点を覚えておきたいところ。

20260101

20260101

朝一で初詣&散歩に出かけて、後は家でゆっくり過ごしていた。

大久保さんの新作の動画が公開。以前からUnityを使ったサウンドアート作品に挑戦されているが、テーマの明確さもあり過去一完成度が高いと感じた。ゲームエンジンの空間音響処理がサウンドアートにうまく転用されているのも新鮮。

昨年から酔いと闘いながら進めていた「サイレントヒル2」をようやくクリア。EDまで見ても明確なストーリーが語られず、ゲームプレイで仄めかす範囲に納めるポエジーさに感激。

アブストラクト・ダディの造形はルイーズ・ブルジョワから来てるのかと思ったが、検索してもそういう話はヒットせず。モチーフが同じなだけかな(おぞましい)。

重い荷物を一つ降ろしたので、ようやく「f」を購入。裏切り者・・・。

20260102

家に籠りすぎてどんよりしてきたのでMOTへ。

「湿地」は梅田哲也による建築が地味に凄い。会場の壁が定期的に移動している。

壁が閉じると、会場スタッフが鎖をかけて来場者が入れない空間を作る。

会場で渡されるポータブルラジオでは、かつて頻繁に行われていた韓国への密航が、国の緊張感次第で厳しく取り締まられるようになったという話が流れていて、それに対応していると思われる。

一定時間滞在していないと開閉に立ち会えないため、気付けずスルーしている人も多いように見えた。

コレクション展は森村さんやミヤギフトシなど、長尺の映像作品を紹介する東写美っぽい内容だった。映像好きの私には嬉しい展示。

帰りに雹が降ってきて泣く。

20260103

年始のマジックが溶けてきて通常モードに。元旦特有のダラダラしても許されるあの気分は何なんだろうか。許されてるって誰に?

「サイレントヒル f」は一周目を終えた。11時間くらい。現時点では現代水準のサイレントヒルとして大満足。ショートメッセージの完成度を保ったまま、うまく長作も完成されたような印象。ただ、周回プレイのケアがどれくらいできているかで最終的な評価が変わりそう。

20260104

初ビルボード、長谷川白紙。飯が高い。うまい。怖い。

魔法学校以降のライブはカラオケスタイルが定着しており若干の物足りなさを感じていたが、今回はピアノ、ギター、パーカッションという私にとって大本命のバンドセット。

食事しながらのライブということで、ジャズ、ボサノバ調のアレンジ。そこに長谷川白紙らしい異物な音を混ぜて脱構築していくという、ビルボード用の奇襲作戦を大喜びしながら見ていた。

セットリストにはボサノバ風「サンフェーデッド」があった。あれは、学マスの最初の提供曲がブラジル風だったからこそ、2曲目でオルタナロックを選択した意外さに皆やられた訳だが、ここに来てもう1回ブラジルに戻すってなんなんだ!ありがとう長谷川白紙。あと謎の「Cats on Mars」カバーがありました。

おしゃれ空間に少し耐性がついたので、今年はブルーノートにも行けるようになりたい。お1人様席ってあるんだろうか。

20251221

20251221

ナイスミュージック。これを見ているとまたインド古典のライブに行きたくなる。

20251222

鈴木棒さんの以下記事を読んだ。

自分はVSingerの人らの発音法を声優のテクニックから影響を受けた「演技系」というくくりで認識していたが、ボカロらしさを逆輸入しているという視点は完全に抜け落ちていた。確かに歌譜のビブラートのギザギザ感は初期のボカロによく似ている。

20251225

フロクロさん久しぶり(なのか?)の新曲。サンフェーデッドに引き続き映像のデジアナFXが光る。

この歌詞を読んでいると、的外れかもしれないがフロクロさんがユリイカ佐藤雅彦号に寄稿していた「血を抜くような広告」の話を連想してしまう。

そのまま与太話を続けると、ビデオゲーム・音楽ともに、インターネット上でうまく拡散されるための機能が作品内部の深いところまで織り込まれているコンテンツを昨今よく見かける。自分のような引きこもり精神の持ち主としては趣味の時間ですら社会から逃げられないのかと辛い気持ちになる。その点で、フロクロさんの音楽&映像はそういった環境を乗りこなすためのお手本として見ているところはあるかもしれない。

20251228

今年のゲームまとめを公開。

このブログにこまめに感想を書いていたおかげか、過去一のスピードで執筆できた。

ノイズなので記事には書かなかったが、ゲームやれてなさすぎる…。本数だけ見ると悪くないのだが、恐らくこの消化不良感はitch.ioなどにある個人作家のゲームを自分から掘りに行けなかったことから来てそう。来年は頑張ります。

20251229

今年最後のライブ。WWWで蓮沼さんを見る。

ゲストのwe//eを交えたアンビエント演奏がただただ素晴らしかった。分厚いシンセ音のシャワーに思わず瞼を閉じて聞き入ってしまったが、ふと目を開けたら立派な大人たちがシンセのノブに夢中になっている光景が広がっていたのもまた良かった。

20251231

大掃除を本気でやりすぎて体調を崩す。そんな馬鹿な…。

しかも予定していた工程の7割しか消化できていない。食欲もなく、せっかく買っておいたおせちにも手を付けられなかった。

来年の目標は「手の抜き方を覚える」で…。

20251214

20251214

(未来の自分へのメモ:この時期は体調が悪くてリフレッシュを試みてた)

京葉線に運ばれて千葉県立美術館へ。これは小雨の日の千葉ポートタワー。

先日に引き続きジャズを見るのが目的。現在、千葉県立美術館では初の写真展が開催されているが、その関連企画としてジャズコンサートが実施されることになったらしい。

少し勉強して、ジャズのアドリブとは原曲のコード進行に対していかに異なるメロディetc.を当てられるかの遊びだという事が分かったが、今回はフリージャズと呼ばれる完全即興である。勉強の甲斐がない!

しかしいざ聞いてみると、先日のモントルーと比べてすんなりと面白さが理解できた。自分の知らないところで前提にされているルールが無いので、ただ目の前の対話を見るだけで良い。勿論演者らはジャズの文法に親しんだフレーズを使うのでその意味での距離感はあるが、私が普段親しんでいる別ジャンルのミュージシャンが行う即興と違いは無いと分かった。

ちなみに会場の100席x2回分は全て埋まっており、美術館のフリーイベントとしては大成功の様子だった。次もあるかも。

肝心の写真展は清水裕貴の作品が好みだった。ティルマンス的な壁の使い方や、1枚の紙に2つの写真を印刷してリズムをつくったりと、基礎的なテクニックの時点で共感してしまう。

上の作品は光のコントラストがバキッと出た魅力が分かり易い写真だが、奥の方には現像方法を弄ってイメージを破壊することで物質としての側面が強調された写真も展示されていた。

20251219

尊敬するミュージシャンA氏のメルマガを読んでくらってしまう。

普通の人間なので、閲覧注意と書かれている記事も結局見てしまうのだった。

20251220

三上晴子の回顧展へ。マジ最高。

と同時にメディアアートの難しさをあらゆる面から再確認する機会でもあった。

まず私は週末になれば美術館やギャラリーに通い詰めるタイプのアートファンであるのに、この展示が開催されるまで三上晴子のことを知らなかった。勉強不足と言えばそれまでだけれど、氏の作品の大半が普及作業を経ないと動作しないコンピュータ/ソフトウェア依存のつくり故に、あまり紹介されて来なかったのが大きな原因と思う。

この回顧展では単に作品を展示するのではなく、ICCや過去のYCAMで行われた三上作品の復旧作業がどのように行われたが大きく扱われている。作家が故人というのも判断の難しさを加速していて、文章を読んでいると、渋い顔にさせられる箇所がぽつぽつとある。

無響室で体験した作品は、オリジナル版は観客の心音をスピーカーで聞かせる仕様だったが、作品の再現が上手くいかず、予め録音された作家の心音が流れる仕様に替えられたらしい。ぶっちゃけこの作品だけコンセプト不明のぼやけた印象にはなっていた。

去年は博多のキャナルシティでナムジュンパイクのビデオインスタレーションを見てきたが、もはやインスタレーションの強度以上に作品の儚さが前景化しているという不思議な体験だった。今回の三上さんの作品は殆どが鮮明かつエネルギッシュでノスタルジーさはなかったが、いつか時代の切れ目で再び置き去りにされる可能性はあるよな、と後ろ向きの気分になったりした。

そんな暗い気持ちも「欲望のコード」を見ると吹き飛んだ。あまりのキモさに目が覚めたし、「キモっ」と声に出た。

20251202

「Öoo」クリア。短いゲームはよい。

前回厳しめに書いてしまったが、爆弾が2個になったあたりから独特の身体性が癖になり楽しめるようになった。

とは言え生高橋さんが一番やりたかったであろう知識によって行動範囲が増えていく感動は、既にラムラーナ2作などで味わい尽くし食傷気味のため真っ直ぐ自分には刺さらなかった。(本当はやりたい事一点のみを極めた、実験的なスタイルの作品が私は大好物なのだけど、題材がたまたま悪かった)

この経験値を活かした次作がどうなるかが気になる。

20251204

サムスのリターンマッチ。(ドレッドが出たばかりなんですが)

マウス操作にも対応しているが、そんなのは放っておいてジャイロでプレイすべし。PSVRの時も思ったが、FPSに最も没入できるデバイスはガンコンなのだと再認識した。

序盤からC-3PO風のコメディリリーフがサムスの後を付いてくるなど、寂しさを埋める工夫があって新鮮味もちゃんとあります。

20251207

たっぷり寝て体調を整えてからマルチネ20周年イベント&モントルージャズフェスティバルへ。

マルチネ20は前日の深夜から24時間ぶっ通し開催という異常スケジュールらしいが、大人しく昼から出向いた。O-EASTに着くといきなり長椅子で寝てる人を目撃して一瞬でオールナイトのクラブの雰囲気に。

abelestの演劇から見たかったが定員オーバーで入れず音だけ聞いた(サブステージはずっとそんな感じ)。潜り込めたのは諭吉佳作/menへの転換タイムから。歌のピッチが安定しているので音源かと思ったら生声で驚いた。

今回はVJ陣がとにかく豪華で、ミュージシャンごとに異なる人がアサインされており映像がオートクチュールで用意されているものが多かった。O-EASTの大画面はもちろん、サブステージもモニタ2点を横連結していて主張強めの設定。

特にKabanaguは美術界の倉知朋之介(以前映像作品の音声ミックスを手伝っていたはず)制作の短編映画を上映してしまうほどの力の入れようだった。私は倉知ファンなので2Fの画面全体が見渡せる位置を確保して食い入るように見てしまった。あれはKabanaguの住んでいた川崎の風景でいいんだよね?(デビルマンクライベイビーに出てきたメタボリズム集合住宅が登場していた)

メインステージはYuigotとKabanaguが並ぶセトリになっていたが、二人は生活感やノスタルジーを感じさせる邦ロック・Jポップへの愛着を隠さないまま、グリッチなアレンジで新鮮に聞かせる挑戦をしていて感慨深く見ていた。(私も二人が好きなPeople In The boxやamazarashiを十代に聞いて育ったので)

最後にゆnovationの鍵ハモを見届けてから横浜へ移動。着いたのはP5バンドのリハーサルのタイミング(生オケヒを人生で初めて聞いた)。

P5からハービー・ハンコックまで素晴らしいパフォーマンスだったが、ハービー・ハンコックのボコーダーが機材トラブルで動かなくなり終演時間が後ろにずれ込むという事件があった。帰りの都合で恐らく最後まで見れなかった人もいただろう…。

今回見つかった課題として、私がジャズのアドリブのルールを分かっていないせいで楽しみ方に戸惑う場面がしばしばあった。TOKYO JAZZに通ってジャズの理解度を上げようとした時期もあったが、コロナで中断されてリセット済み。適当な本でも読んでみるか。

20251212

神谷町の舞台裏へ。冨安由真の「This Is Not A Dream」を見に来た。

着いた瞬間から嫌な空気が漂っている。。

会場のカーテンから柔らかい光が差しているが、そこも通行可能な会場の一部。他の来場者が立つことで、怪しい訪問者からの視線を感じさせる仕組みになっている。

通路に展示された詩も、そういった展示空間の構成に言及している。(「お眠りなさい 私の子」に括弧が付いたり付かなかったりと芸が細かい)

レストラン兼ギャラリーという会場の特殊さも相まって、冨安由真の得意技である夢中夢的なギミックが上手くハマった良い展示だった。

20251130

20251130

ボーカロイドの現在地を読んだ流れで韓国出身のTAKの曲を聞いてる。

これバイレファンキ…?

「めざせモスクワ」や「コロブチカ」とかのロシア民謡ぽさも入ってる気がする。そのパートではビデオゲーム風の映像が入ってるのを見るに、柊マグネタイトの「テトリス」以降っぽい想像力が働いている気もする。

でもやっぱりTAKは日本語の使い方が絶妙に変なところが一番の魅力と思う。

(それを面白がっていいのかという問題はありますが。でもメロディに言葉を当てはめる文化自体が変じゃん?)

「Chasing Light」のBae Sang Hyunの新作が発表された。流石に一筋縄では行かない外見をしている。というかゲームメカニクスがさっぱり分からない。

Hyun氏は韓国でIndependent Game Developers Guild Festivalというゲームイベントを開催しているが、これもアートスペースをレンタルして作家主義的な尖ったゲームをキュレーションするコンセプチュアルなイベントだった。

https://jp.ign.com/games/66106/feature/igdgf

発売予定は2年後とのこと。

「Öoo」をプレイ。しかし序盤だけ触った感触では首を傾げてしまう。

言葉を使わずにプレイヤーにルールを理解させる手際は超一流な一方で、そもそもこのパズルアクションを通してどういった体験をプレイヤーに与えようとしているかが分からない。「PORTAL」ならどこでもドア的な異次元のオーパーツを扱う奇妙な感触を、「I.Q」なら巨大な立方体に踏みつぶされるという理不尽な世界(トーン)を描く。でも「Öoo」はパズルアクションのクリシェを見せることそのものが目的のデザインに見えてしまう。

最後まで遊べばちゃんと回答があるのかもしれないが、モチベーションが既にだいぶそがれていてそこまでたどり着ける自信がない…。