外山圭一郎とメディアアート

2020年12月3日、外山圭一郎氏がSIEから独立し、自身のスタジオであるBokeh Game Studioを設立したことが発表された。

外山さんは自分の最も好きなゲームディレクターの1人で、『SILENT HILL』『SIREN』『GRAVITY DAZE』などの作品を手掛けてきた。外山さんの世間的な評価としては、作品に強烈な外連味とキャッチーさの両方を込めるという難しいディレクションをこなし、愛されるIPを生み出すことができる人物といったところだと思う。例えば『GRAVITY DAZE』はメビウスなどのバンドデシネに影響を受けたビジュアルを採用した作品で、これだけではニッチな内容になりそうなところを、特殊能力を持つ快活な少女が市井の人々のために奮闘するという日本の往年のアニメのエッセンスをミックスすることで、間口の広い作品に仕上げている。ダメ押しに音楽は多くのアニメ楽曲を手掛けてきた田中公平氏に依頼するなど、ディレクターとして非常に優れたバランス感覚を持っていることが分かると思う。

しかしもう一つ触れておきたいのは、『SIREN』以降の作品に共通してみられる、ビデオゲームの中にメディアアート的なアプローチを持ち込む手法だ。

Bokeh Game Studio設立記念!というにはお粗末で短い文章になるけれど、簡単にまとめてみたい。

『SIREN』他人の視界を共有する”視界ジャック”

『SIREN』は日本を舞台とする”ジャパニーズホラー”であり、またプレイヤーが操作するキャラクターが次々に変わっていく群青劇形式を採用していたりと、斬新な要素の多いタイトルだった。ホラーゲームでありながらキャラクター人気も高く、近年墓場の画廊で開催されたSIREN展ではマニアック過ぎるキャラクターグッズが販売されていた。しかし、ゲームメカニクスレベルで見た時に最も異質なのは、他人の視界を覗き見ることができる”視界ジャック”システムだ。

『SIREN』はホラーゲームとしては敵と交戦しないステルスプレイを要求されるデザインになっており、視界ジャックで敵キャラクターである屍人の行動を把握し、見つからないように進んでいくのが主なゲームプレイになる。しかし、よくよく考えるとこのシステムはホラーゲームと相性が悪い。敵の位置が予め分かってしまうことは、敵がどこにいるのか分からないからこその恐怖を半減させてしまうからだ。(実際は視界ジャックがあっても怖いのが『SIREN』なのだけど)

やはり視界ジャックというシステムは、ホラーゲームとしての面白さを追求するためのものではなく、「他人の視界を共有すること」そのものの面白さを求めて実装されたものなのだと思う。似た作品として、メディアアーティストである八谷和彦氏の『視聴覚交換マシン』がある。ヘッドマウントディスプレイを使って2人の参加者の視界を交換してしまうというもので、自分と他人の境界を曖昧にさせる効果がある。

『SIREN』においての視界ジャックの面白さは、ステルスプレイの補助としての意味以外に、もはや生理的に受け付けられない、排除すべき対象である屍人と感覚を共有してしまう気分の悪さと、その屍人と己が地続きの存在であることを実感させられてしまう恐ろしさにある。屍人は物語が進むにつれてメタモルフォーゼが進行し、犬や蜘蛛など人外に近づいていくが、最後まで視界ジャックは有効である。

『GRAVITY DAZE』ジャイロで接続するゲーム世界

『GRAVITY DAZE』は重力の方向をコントールすることで、自在に3D空間を飛び回ることができるアクションゲームだ。元々PS3向けタイトルとして企画されていたが、吉田修平氏からの打診でPSVita向けに再編成されたという。しかしそれが結果的に面白い効果が出ている。

重力方向を定義する「重力チェンジ」はRトリガーを引くことで発動する。すると主人公であるキトゥンがふわりと宙に浮くので、落下したい方向へカメラを動かした後、再度Rトリガーを引くことでそちらへ落下していく。

ここで重要なのは、「重力チェンジ」中のカメラ回転は右スティックのみでなくPSVitaのジャイロセンサーが使用できることだ。落下したい方向を決めるためにPSVitaを傾けると、全く同じ角度でゲームカメラが回転する。実際に手にもって体験してみないと分かり辛いのだけど、これはまるでプレイヤーのいる現実世界と同じ座標に”目に見えないもう一つの世界”が存在していて、そちら側の世界をPSVitaのディスプレイを通して覗き込んでいるかのような錯覚を覚える。

重力アクションに慣れてくると、プレイヤーはより激しく「重力チェンジ」で進行方向を切り替えながら自在に3D空間を移動できるようになるが、この時プレイヤー世界とゲーム世界の境界はいよいよ曖昧になり、自分がどちらの世界にいるのか分からなくなってくる。『GRAVITY DAZE』は公式で「重力的眩暈」と訳されていて、まさにこの感覚を示すタイトルにみえる。

『SIREN』がプレイヤーと屍人の感覚が繋がってしまうゲームならば、『GRAVITY DAZE』はプレイヤーとゲーム世界が繋がってしまうゲームだ。

続編である『GRAVITY DAZE 2』はPS4向けタイトルとなり、全体的にパワーアップした表現を見ることが出来たが、この自分の立ち位置が分からなくなる浮遊感というコアな面白さがオミットされていたのは少々残念だった。

次回作について

以上、簡単にだけれど外山作品に共通する独特なアプローチについて説明した。

ところでBokeh Game Studioの1作目は、外山さんが得意とするホラー寄りのアクションアドベンチャーになるという。また、「今回も自身の立ち位置や日常が揺らぐような想像をさせる作品を目指している」とのこと。前述した通り、それが『SIREN』では視界ジャックにあたるものだと考えるが、次回作では新しい切り口のシステムでプレイヤーを揺さぶってくれるものと期待したい。