『すばらしきこのせかい』と都市のレイヤー

『新すばらしきこのせかい』がアナウンスされたとき、喜びと共に2つの疑問が湧いた。一つ目はDSの2画面で2層の街を描くコンセプトはどうなってしまうのかということ、二つ目は『Pokemon GO』といったARゲームの大ヒットを経験したこのタイミングでの復活は遅すぎたのではないかということだった。

DS版『すばせか』のコンセプトとはなんだったか。また、一画面になった『新すばせか』は実際どうだったかについて書いてみる。

DSの2画面と2層の街

リアルタイムで『すばらしきこのせかい』をプレイしていた当時は、玉石混淆だったDSのソフト群の中で、ようやくしっかりと遊べるアクションRPGが登場したという印象が強かった。しかしいま振り返ると、DSの2画面を使って2層の街を描くコンセプトが突出していたと感じる。

『すばらしきこのせかい』の設定は以下のようなものだ。

渋谷には2つの階層がある。
現実世界であるRG(リアルグラウンド)と、死者が集められるUG(アンダーグラウンド)だ。
UGでは価値ある魂を選別するための「死神ゲーム」が開催されており、勝者には甦りのチャンスが与えられる。
主人公ネクはゲームの参加者となるが、エントリー料として記憶を奪われ、自身の死の理由を思い出せない。

このUGとRGの2層世界の設定が『すばせか』の中心にある。これらはDSの2画面にUGとRGをそれぞれ割り当てるような直接的な形ではなく、2画面で2人のキャラクターを同時操作するバトルパートや、タッチスクリーンでRGの人間の思考を覗き見してミッションを進めるADVパートを繰り返すなかで、2層世界を生きる感覚をプレイヤーに植え付けていく。

2層世界はどこから来たか

いまこの2層世界の設定を見て面白いのは、渋谷のUGで戦いを繰り広げるネク達の姿が、都市のランドマークでARゲームプレイヤーが戦いを繰り広げる現代の光景を予言していたかのように見える点だ。この設定はどこから来たのか。

答えは2018年にファン向けのイベントで公開された『すばせか』の企画書に記されている。どうも初期案ではチーム対抗戦でテリトリーを奪い合うゲームだったらしい。UGは死者のための場所ではなく、ゲームが開催されているスペース以上の意味は無かった。

つまり『すばせか』とは、渋谷に自然発生するグラフィティからインスピレーションを得て、目に見えないアンダーグラウンドな空間で陣取りゲームが行われている世界を描こうとしたゲームだった。

陣取りゲームの要素は製品版には残っていない。詳細な経緯は語られていないものの、語れるシナリオに制限がかかることや、アピールポイントである2人のキャラクターの同時バトルと、チーム対抗戦の要素が合っていない(2人なのにチームと呼べるか?)などの問題から、外したのではないかと推測している。

ちなみにARとグラフィティには相似点がある。グラフィティは塗料を吹き付けて描く「エアロゾル・ライティング」であり、素材の性質や形状を無視して都市のどんな場所にでも出現させることができる。ARもグラフィティも、まず既存の空間が必要で、そこに情報を張り付ける形で成立する表現形式である。『Pokemon GO』プレイヤーが時折トラブルを起こすのも、素材となる現実の空間が必ず存在するからである。

『新すばせか』一画面に統合された渋谷

現代に蘇った『新すばらしきこのせかい』 は、やはり『Pokemon GO』へのリファレンスがあった。今作の新主人公であるリンドウは、FFのモンスターを集めるARゲーム『ポケコヨ』のプレイヤーだ。『すばせか』制作陣もやはりNiantic社のARゲームブームを意識していたことが分かる。

一画面になった新すばせかでは、二層の世界を描く面白さは勿論退行する。そのこと自体が設定にも組み込まれている。リンドウはSNS世代で、顔も合わせたことがない『ポケコヨ』フレンドの「スワロウ」さんや、インフルエンサーの「アナザー」さんを慕っていたりと、もはや二層の世界を分けずに捉えていることが強調される。リンドウが生きたまま死神ゲームに巻き込まれるという設定も、UGとRGの境目が消えていることのフォローに見える。

時代が変わり二層世界が当たり前になった今でこそ、『すばせか』のコンセプトは分かりやすい。しかし、『Pokemon GO』のプレイヤーがレアポケモンを求めて現実のランドマークへ大挙するような光景を通過したいま、このテーマは賞味期限が切れてしまったとも言える。『新すばせか』は現状の追認で終わってしまうのだろうかと心配していたが、意外なハンドリングでうまく着地させていた。

『すばせか』と『新すばせか』の幸福な関係

『新すばせか』が面白いのは、DS版では実現できなかった要素に再挑戦したことで、前作と今作が互いの不足を補うような幸福な関係をつくりあげている点にある。具体的には、前作の企画書に存在していたゲーム参加者同士のチーム対抗戦が復活するのである。

前作はDSのスペックの制約もあり、ソリッドシチュエーションでキャラクターの内面を掘り下げていくという、内向的な方向性へ舵を切らざるを得なかった。これが本来のチーム対抗戦に戻ったことで、うまく他人と合わせられる現代の若者らしい新主人公らが、連帯して他チームに挑んでいくという開かれた印象に変わった。

また、街をテーマにしたRPGとしては更に洗練されており、人物相関図とスキルツリーをミックスしたキャラクターボードは本作の白眉だ。

『すばせか』は初めに掲げたコンセプトが尖っていた故に、時代の変化を受けて丸くなってしまった印象は否めないが、前作プレイヤーには「真すばせか」として、新規プレイヤーにはARゲームの体験をRPGに翻訳したかのような奇妙なゲームとして誤解しながら楽しむことができるはずだ。