ジャンル名「百合系ミステリィADV」とは『flowers』レビュー

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初めにこのゲームを人から勧められた時に引っかかったのは「百合系ミステリィADV」というジャンル名だ。なぜこの二つを掛け合わせたのだろう。

「flowers」は、全四部からなる百合をテーマにした連作ADVゲームだ。各篇は季節の名前を冠しており、2014年に第一部である春編がリリースされてから一年に一本のペースで続編が公開され、2017年に完結している。

身近に本作の熱心なファンがいたため評判の良さは以前から聞いていたが、四部作というハードルの高さに後回しにしていた。そしてつい先月、全編をワンパッケージにまとめたPS4版が発売されたとのことで意を決してプレイしたのだが、仕事と食事と睡眠の時間以外全てを捧げるほどのめり込んでしまい一週間足らずでクリアしてしまった。それどころか本編だけでは飽き足らず、今では卒業アルバムのような分厚さのアートブックや関連CDの収集まで始めている。この記事はレビューという体だが、本作を布教するための文章であり、また何故私が本作にここまでのめり込んでしまったのかを整理するための文章だ。

以降の本文では、出来る限りネタバレは避けたつもりが、レビューの上で必要と判断した内容には触れるため未プレイの方は注意して欲しい。特に「flowers」は前知識の有り無しで体験の質が変わってしまう内容であり、それこそ公式HPの情報すら見ないことを推奨する。

『flowers』のコンセプト

「マリア様がみてる」に影響を受けたという本作は、ミッションスクール(キリスト教主義学校)を舞台に百合を描くという王道な設定に挑んでいる。主人公である白羽蘇芳は、家庭内のトラブルから心に傷を抱え学校へも通えなかった事から対人能力への自信を失っている。そこで、学園側が仮り初めの友人を作らせ生活を共にさせる”アミティエ”という制度のあるミッションスクール「聖アグレカム学院」へ入学することとなる。つまり、社会生活で傷を負った者が世間から離れた場所で他者とのふれあいを通して回復していくというプロットだ。ここでいう他者とは同級生、上級生、先生など学園の様々な人たちを指している。本作は白羽が人間関係を広げていく姿を描いたもので、百合としては恋愛のみにとどまらず友情も含んだ物となっている。四部作という尺の長さをうまく使い、この二つの要素は片方が蔑ろにされることもなくバランスよく描かれている。結果的に人を選ばないリーチの広い内容になっていると言えるだろう。

あえてミッションスクールを舞台としているだけあって、本作は清楚で上品な雰囲気を強く打ち出している。グラフィックは淡い色調と細い線で描かれており、キャラクターは繊細で儚げな雰囲気を纏っている。私はADVは好んでプレイする方だが、ここまで甘美的なものは初めてで、慣れるまではなかなか話に集中できなかったほどだ。もしあなたが本作のパッケージイラストやCGイラストに惹かれるものがあるならば、「flowers」と相性が良い可能性が高い。グラフィックを手掛けるのはディレクターを兼任するスギナミキ氏であり、本作のコンセプトを端的に示しているからだ。グラフィック以外でもこだわりは強く、文章は地の文の割合が多めであるし、文体も硬すぎないがカジュアルとは思われないようにバランスがとられている。キャラクターはお嬢様ばかりというわけではなく皮肉屋やひょうきん物も混ざっているが、決して露悪的にならないよう一線引かれており上品さを失わない。本作は作り手の拘りが作品の隅々まで行き渡っており、方向性に共感できるならば素晴らしい体験になるだろう。

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イラストのクオリティは総じて高く印象に残るものが多い

『flowers』のゲームプレイとミステリ

ゲームプレイはADVとしてはかなりシンプルだ。プレイヤーは選択肢を選ぶことで物語を読み進めていくが、分岐は最低限に抑えられており、複雑なフラグ管理を求めるようなものではない。あくまで物語に没頭してもらうことを重視したスタイルだ。ただし特殊な点として、本作はジャンル名にミステリを含む通り、推理パートが発生することがある。

先に百合をテーマとする本作に、何故ミステリ要素が入ってくるのか説明する。それは人間ドラマを描くために「日常ミステリ」のフォーマットを使っているからだ。日常ミステリとは、犯罪事件ではなく、日常生活の中での謎を追う物語だ。このフォーマットの大きな魅力の一つとして、謎の内側に人の意外な本心を忍ばせておくことで、人間ドラマを最大限に演出することができるという点がある。「flowers」は白羽が人間関係を広げていく話であると前述したが、プレイヤーは主人公の視点で語られる物語を元に謎を解き、明かされる学友の心情と向き合い距離を縮めていく過程を共に体験することとなる。謎の内容は学園内での小さないざこざを解消するものから、学園の七不思議の正体に挑むなど幅は広い。また、その意外な真相に驚かされたり、どうしてそこまで気が回らなかったのかと後悔させられたりと、主人公の心情とシンクロして動揺してしまう場面もあった。これはゲームらしい没入度の高さをうまく使ったストーリーテリングであるし、プレイヤー自身が苦労することで白羽と周囲の人物との仲が深まっていくことに説得力を与えている。少し遠回りなコミュニケーションをしているような印象も受けるが、奥手な白羽が意を決して他人と関わろうとする感覚が出ているとも言える。

推理パートが挟み込まれるのは、一つの事件において謎を解くための手がかりが全て揃ったタイミングの一度だけになっている。このとき、事件の筋を理解できているか確認するためにいくつかの選択肢が問われるので、無事正しいものを選択できれば、また次の事件の推理パートに到達するまで一直線に読み進めることができる。いわば、ミステリ小説の「読者への挑戦状」がインタラクティブ化されたようなものだとイメージしてもらえればいい。物語の進行を頻繁に止めてプレイヤーの干渉を促すようなものではなく、あくまでもミステリ要素は演出としての利用に留めており、人間ドラマを魅力的に描くことに注力している。

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最悪謎が解けなくても、四択の選択肢を連続で数回問われるようなものなので、全パターンを試してしまえば簡単に物語の続きを見ることができる

少し脱線するが、本作をプレイしながらとあるミステリ作家の「ミステリは書きやすい」という言葉を思い出すことがあった。これは、ミステリには必ず謎と解が存在していて、このフォーマットに当て嵌めて物語を作れば、必ず解が明かされる瞬間に盛り上がりが発生するし作品全体もそこへ向けて密度を高めていくことになるから、という事らしい。本作の推理パートは一作につき四回前後用意されており、その度に小さい単位の物語に決着がつくようになっている。このため、全体を通してメリハリがあり興味が牽引されやすい構成になっている。それだけでなく、シリーズ全四部を通して解明に挑む事となる大きな謎も存在する。つまり、目の前の事件、一作通しての物語、シリーズを通しての物語という三階層の物語が同時にじりじりと進行する形になっている。これは常に物語が前進している感覚を与える効果があり、私は優れた長期連載漫画を読んでいるときのように続きが気になってプレイの止め時を失ってしまった。言わば、フロー状態にプレイヤーが導かれるように物語構造によってレールが敷かれているのだ。このシリーズを通しての謎はもはや日常ミステリの規模を超えて恋愛物から乖離しかけるところまで行くが、制作側も自覚しているのかギリギリの所で留められている。しかしこの謎の存在感故、エンタメ性が高く万人に受け入れられ易い内容にまとまっており、むしろ長所と呼んでいい部分だと言えるだろう。

学園物としての『flowers』

ここまでミステリの話ばかりになってしまったが、事件が起きるのは物語が大きく展開する瞬間のみで、主に描かれるのはミッションスクールでの生活とキャラクター達の交流だ。アングレカム学院は山奥に建てられた全寮制の学院で、テレビすらないという世間から隔絶された場所だ。それゆえ、学院の生徒の娯楽は部活や趣味、しかし一番は学友とのお喋りになる。

本作の登場人物は趣味に傾倒している者が多く、会話の内容も気付くとディープな方面へ行ってしまう。一見大人しそうにみえる主人公の白羽も、書痴を自称するほどのビブリオフィリア兼シネフィルで、その手の話を語らせるとうるさい人物でもある。会話の中では実在する小説や映画の名前を挙げてキャラクター達が作品について語り合う。扱われる作品は夏目漱石などの近代文学から、「ダークナイト」といったごく最近の映画まで年代の幅は広い。恐らくよほどサブカルチャーに精通している人でなければ全ての内容を理解することは難しいだろう。しかし、本作を楽しむ上でこれらの作品を知っている必要は実はない。重要なのは、彼女らが紅茶やコーヒーを飲みながらマニアックな歓談をしている様子を眺めていると、だんだん一種の陶酔感が生まれ、まるで実在の人物であるかのように錯覚させる効果があることだ。ADVファン向けに言うなら、サイバーパンクバーテンダーシミュ「VA-11 HALL-A」において、バーに訪れた二次元のキャラクター達の世間話や明け透けのない性に関する話を聞いている際、そのギャップと共にリアリティが立ちあがってくるあの感じに似ている。こういった物語の本筋と関わらない雑談が本作は頻繁に差し込まれる。これらは一見純粋なフレーバーに思えるが、気づかぬ内にプレイヤーを作品の世界の中に引き込む効果的な演出となっている。

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クリントイーストウッドについて熱弁する主人公

寮生活ということもあり、夜にはこっそり人を集めて怪談が始まることもある。これは事件への接続として使われている部分もあるが、それを差し置いても本作は怪談への拘りが強い。登場回数は多く、場合によっては専用の挿絵まで用意されていることすらある。関連グッズのドラマCDでもお約束のように毎回怪談専用のトラックが差し込まれている。ここまで触れていなかったが、本作はキャラクターに声優によるボイスが吹き込まれている。声優による演技力の高い、抑揚の効いた語り口には引き込まれるものがある。キャラクター達の親密な雰囲気を感じさせる印象的な場面の一つだが、本作で可能な表現から算出された効果的な演出でもある。

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アングレカム学院は行事も多い。合唱、バレエ、演劇など様々な催しが用意されており、主人公等もこれらに参加することとなる。準備にて起こる事件や人間ドラマを超えた末に辿り着く本番シーンは、各編の最も盛り上がる場面の一つとなっている。ここではテキストボックスなどの常駐していたUIが取り払われ、制約のない特殊な演出で進行する。その内容は演目により様々だが、タイポグラフィ、イラスト、声優によって吹き込まれたボーカル曲などを組み合わせたリッチなものになっている。

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学院でのイベントについて幾つかの例を挙げたが、コストがかかっている場面もそうでない場面も、ADVというジャンルの特性をよく理解した演出がされていることが分かってもらえるだろうか。本作は「YU-NO」の系譜のようなストーリー分岐を用いるストーリーテリングは退化しているが、その代わりに表層的な部分での表現は非常に饒舌だ。本作が文学や演劇への数多くのリファレンスを持っていることを踏まえると、「flowers」は伝統的なテキストアドベンチャーとしての総合芸術的な作品だと呼びたくなる。「flowers」をプレイしていて感じる芳醇さ、贅沢さはこういった所に起因する物と考える。

『flowers』のテーマ

「flowers」は、学院での日常と、謎が生む非日常とを行き来する形で進行し、その過程で白羽が周囲の人たちと交友を深めていく様子が描かれる。しかし、なぜミッションスクールを舞台にする必要があったのだろうか。また、交友関係を描くにしても、なぜあえてミステリという手法を選択する必要があったのだろうか。それは、本作全体を通して語られるテーマと関係しており、このテーマこそが私が最も心を打たれた部分になる。

端的に言えば、本作のテーマは「はみ出し者たちが他者との相互理解の末に世界との向き合い方を見出す」というものだ。

アングレカム学院はミッションスクールであり、入学してくる者は良家のお嬢様が多い。しかし、その家柄故、強固な教育方針などで個人の意思を縛られて育ったことで、自尊心を欠いていたり悩みを抱える者がいる。また、世間から離れた、空気の澄んだ山奥に建てられた学院の特色から、病を持つ者が療養を目的として入学するケースもある。問題を抱えているのは主人公の白羽のみではなく、皆どこかで社会からはみ出してしまっていて、それぞれの葛藤を抱えている。

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そして、「flowers」の最も信頼できるところは、この登場人物達が抱える葛藤は徹底的に隠されていること、また、ミステリパートにおける謎解きによって直接この葛藤が明かされることはないことだ。

本作はミステリであり、物語は主人公の主観で語られる。このため他人の心の内がモノローグでプレイヤーに伝えられるようなことは基本的にない。また、ミステリパートで扱われる謎は、学院内で起こった事件で容疑者に挙げられてしまった学友の濡れ衣を晴らすなどといったもので、あくまで学友を助けることが目的であり、そこで犯人の心の内を積極的に暴くようなことは避けようとすらする。それこそ、事件の中には真実の追求を求めず、傷つく人が生まれない嘘の真実を構築しようとする話だってあるのだ。

日常ミステリは「謎の内側に人の意外な本心を忍ばせておくことで、人間ドラマを最大限に演出することができる」と前述したが、実の所これは諸刃の刃だ。ミステリはその構造上、外的な痕跡から他人の心を推測してそれが真か誤りかといったやり取りをすることになるが、そうやって他人の心の内を明け透けにさらしてしまう事は冒涜的な一面がある。こうしたところにこのジャンルへ苦手意識を持っている人は多くはないがいるのでは無いだろうか。

その点において、本作は一貫して他者の神聖な領域を侵すことを拒んでいる。私は小説やゲームにおいてもミステリは好きなジャンルでどちらかと言えばよく触れる方だが、ここまで優しい手つきのミステリは見た事がない。

こういったスタンスを取る事で、ジャンルとしての面白さが失われているのではないかと思われるかもしれない。しかし、本作はミステリのみを主軸においた物語ではなく、推理パートは全体からすればほんの一部で、プレイヤーがインタラクションできない日常パートで充分にドラマは語られている。そして、ずっと見守って来たプレイヤーの分身である主人公が、学友を気にかけて探偵役を買って出るとき、プレイヤーは謎解きを行う事でその背を押す事ができる。これまで語られてきた物語を通して彼女らに親密さを覚えていたなら、これは非常に重要なインタラクションになる。

日常生活や事件を通して彼女らの信頼関係が構築されていき、その末に、彼女らは悩みを打ち明け互いを受ける事で、葛藤を克服し社会と向きあう力を得る。これは、一般的な百合をテーマとした物語へ回帰するように、プレイヤーの手を離れ俯瞰的な形で語られる。しかし、主人公の目を通してよく知った登場人物達が立ち直る姿には強く心を打たれるものがある。

「flowers」がミッションスクールを舞台とするのは、キリスト教の禁じる同性愛を扱う作品であるためではない。本作では自身が同性愛者であること自体に強く悩んでいる者は登場しない。しかし、他人に打ち明けられない悩みや葛藤を抱えるもの達が、密かにそれを共有しあい世界と向きあう力を獲得する場所として機能している。またミステリは、他人の心を暴くためのものではなく、むしろ他人の不可侵の領域を強調することに機能しており、尊敬を持った上で近づこうとする意思を示すためのものだ。この他者との距離感を重んじた姿勢で描かれる回復の物語こそが「flowers」の唯一無二の魅力であり、「百合系ミステリィADV」というジャンルが達成した物だ。

最後に

「flowers」は一見甘美的すぎるし、百合という題材からニッチなゲームと思われるかもしれない。しかし、描かれるストーリー、テーマは誰もが共感できる普遍的なものであるし、ミステリを通してプレイヤーを物語から置き去りにはしない。多くのADVファン、キャラクターゲームファンに手を取って欲しい一作だ。

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