20210725『北北西に曇と往け』を読んだ

人に勧められて読んだ『北北西に曇と往け』が面白かったので感想を書く。端的に結論だけ先に言うと、自然と人間、それぞれへの興味のバランスが取れた良い漫画だなと感じた。

本作は、アイルランドで探偵業を営んで生活する日本人男性の話。アイルランドは人間どころか植物すら生きるのが難しい極端な自然環境を持つ土地である。そこでの生活に馴染めてしまう主人公は車などの無機物の声を聞き取る能力を持っているなど、アニミズム的な思想が作品世界に反映されている。

1巻の時点では、砂漠のような情報量のない世界を端正なキャラクターが歩く絵を見て、アイルランドという舞台はあくまで人間を描くための土台で、自然にはそこまで興味ないのかな、と予想してしまった。でも話が進むにつれてそのバランスは整い、人間と自然を対等に描こうとしていることが分かってくる。アイルランドは土でなく溶岩でできた生き物を拒絶する土地なんだというエピソードも登場し、等しく全ての生命の存在感が際立つ場所として選ばれたことが分かってくる。意外とこの辺りのバランスが取れた漫画ってないので、居心地の良さを感じられた。

じゃあ逆にバランスが取れてない書き方ってどんなの?と言えば、選択したテーマの割に実は自然への興味がそこまで無いだろうという漫画の例として、あfろ先生の『ゆるキャン』が挙げられる。あfろ先生は大好きな作家で以前もこのブログで取り上げたことがあるけど、あfろ先生は現実世界を生きるのは死ぬほど退屈であるという前提を元に、どれだけ面白おかしく日々を過ごせるかを描こうとする作家だと思う。初期作はこれが分かりやすく反映されているので、マインクラフト張りの砂漠のような土地を舞台に、登場人物らがシュールなギャグを永遠に続けるみたいな不思議な話になったりする。『ゆるキャン』では自然溢れる田舎でアウトドアを楽しむ姿が描かれるけど、あれは現実がひたすら退屈であるというあfろ先生の精神世界に一致する題材として田舎の風景が選ばれているだけで、さほど自然そのものには興味がないんだと思う。このため、あfろ先生の描く自然の風景は、時にカメラのレンズを通したかのように遠慮なく歪んでいく。荘厳な自然の風景を、現実感が乖離する風景として捉えて書き直しており、異世界に迷い込んだかのような感覚を読者に与えようとする意図がある。

これは現代人らしい感覚で、多くの人が田舎へ旅行をするとき、その理由がその土地の歴史が知りたいんだなんてことはなく、生活のごたごたを忘れられる非日常的な体験を求めて遠出するのである。あfろ先生の絵は、こういった旅情への欲望がストレートに乗せられたものとして解釈することができそう。一見人を選ぶようで、実は多くの人の共感を得られる描写になっているのが人気の背景にあると思う。

逆に自然の方に興味が寄り過ぎている漫画の例は、適切かは微妙だけど名作『神々の山嶺』が挙げられるかもしれない。こちらはシンプルな話で、作画を担当した谷口ジローは自然も人間も興味を持って書ける人だけど、話自体は山に魅入られた登場人物たちが進んで過酷な状況に入って命を失っていく危険な話だから。特に主人公の羽生は最初から最後まで山が第一優先の男で、恋人や家族を顧みることが出来ないなど、極端な自然へのロマンで作品世界が駆動していく。このため本作で人が山で死ぬときは、ドラマティックな演出などは入れず、記録映像のようにその場で起きたことが誇張無しで淡々と描かれる。

ここで『北北西に曇と往け』の話に戻ると、無機物の声が聞こえるという一見危なげな主人公も、探偵業を営んでいるという設定のおかげで人間への興味を失わない人物なんだと最初から線引きがされていて安心感がある。それこそ、アイルランドに来て遊んでばかりいる弟に共同体の事を考えて働けと一喝してみせるくらいには地に足のついた人物として描かれている。そこに『神々の山嶺』 の羽生を見ている時の不安さみたいなものは無い。

弟はジルベールみたいなビジュアルでびっくりする。 『北北西に曇と往け』5巻より。

だいぶ脱線したけど、本作は、『乱と灰色の世界』のように瑞々しく人間を描く能力を持っている入江亜季さんが、「人間も植物も生きづらいアイルランドを舞台に、全ての生命を等価に描く」というテーマに挑んだことで、バランスの良い作品世界に仕上がっているのが良いと感じた。

感想は以上。本作は現状出ている5巻を読み終わったので『乱と灰色の世界』にも手を出し始めたけど、こちらは完全なファンタジー調になっていて、作風の転換が凄すぎるね…。